「こたつ」
 それの中で私は思いっきり伸びをした。かすかな衣擦れの音と背中の、ことに肩甲骨の下から腰にかけてが反り返るような感触を楽しむ。外は間断なくしかし一定のリズムをもってうねるような音が鳴り響いている。こんな日の外は苦しい。いろいろなものが飛んできて、所かまわず張り付いて、瞬く間に穢れていくような心地になってしまう。家の中も苦しい。底冷えは中まで進入し、肌に粟を生じさせる。刺激に耐えられず、たまらずその中に逃げ込んだのだ。そこはどこか馥郁とした温かみが残っている。胎内記憶だろうか?羊水の中の胎児は暗くしかし暖かくて安全な母体の中でまどろんでいる。ここはそこまですべてを委ねられるわけではないにせよ、少し乾いていて、そして胎児は一度母体から乖離してしまうと二度とその安寧には戻れないが、ここはいつでも私を待っていてくれる。ずいぶん永いことここにいるような気がする。何秒?、何分?、何時間?、何日?いやいやそんなわけはない。さっき畳にさしていた光が位置をずらしているだけじゃないか。本当?そう?ひょっとしたらもう何年もこんな状態で、たまたま目を開けたら同じような光景が見えているだけじゃないとどうしていえる?
・・・・いいかげんにしろよ。どこからかぼやき声。ちょっと出てみたらどうだ?ちゃんと歩けるかい?177をダイヤルしてみたかい?テレビをつけてみたかい?窓の外をのぞいて見たかい?世界が終わっていないと何でわかる?・・・うるさい!なんだお前は、どうして俺を起こすんだ、いいじゃないか。たまにはいいだろ、何も考えずすべてを忘れてこうしていても。俺はすべてを欲してはいないんだよ。俺がいない間に何があってもいいじゃないか。誰かが俺について話していても、その内容がどうであれ、聴かなくてもいいじゃないか。手に入らないものが、人が、あってもいいじゃないか!・・・・そうだな。でもお前のことを思って言っているんだよ。どうせお前はここから出て行く、なにがどうであれそういうことになっているんだ。だからさ、あんまりこの状態に慣れすぎないうちに、取り返しがつくうちに、自分から出て行ったらどうだい。そのほうが後で考えたら楽だぜ。・・・わかっているよ、わかっている。お前が俺の身を案じて言ってくれていることも。一番わかっているのは俺の体だな。自然と体の奥底から、出なければならないと喚いている、悲鳴をあげている。もう限界なのかもな。しかたない、もう出るよ。そして行ってくる。幸運を祈っていてくれ、またここに無事に戻れるように。・・・・ああ、グットラック。幸運を君に。ここで待っているよ。こうしてここで四足を踏ん張って裾の長い、ちょっと厚めのスカートをはいて・・・。
 まどろんでいたのか、時計の針が横を向いていた。どうやら世界は何事もなく進行していて私も無事のようだ。全身にぶるっと震えがきたがなんともないようだ。ひょっとしたら武者ぶるいかもしれない。そろそろと起き上がり、歩きだす。小刻みに、そして足早に。

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作:shun