「さよならホームベース」 <おすすめBGM>Gettin' High/by Ian Brown in GOLDEN GREATS

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 7回の裏、藤巻はここまで力投を続けてきたが、疲れがでたのか打たれ始めていた。僕がライト前ヒットの返球をセカンドへ悪送球したことをきっかけに相手チームに2点が入った。悪送球はたまたま起きたハプニングであったが、結果的にチームをピンチに追い込んだのは紛れもない事実である。これで蒲田に対して一応の義理立てができたわけだ。バックネット越しに蒲田が何かを言ってるのが聞こえた。藤巻が召集をかける。マウンドに集まった選手に対して藤巻が自分を含め喝を入れる。そして僕に向かって一言気にするなとだけ言った。無機質な僕の態度と裏腹に皆の上がり切った温度が非常に煙たく感じた。時間だけが無常に過ぎていくこの場所から一刻も早く逃げ出したくなった。その回の攻撃はそれまでで、なんとか次の回へと持ち込んだ。一同が安堵に包まれるのを感じた。こうなると攻めると言うよりは守りきろうと言う心理が働くものだが、ベンチに戻ってからの藤巻はしきりに大声で肯定的な言葉を叫んだ。「必ず勝つんだ」とか「必ず打つんだ」とかそういった言葉だ。チーム全体にそしてバッター一人一人に勝つというマインドを植え付けているつもりだろう。相手チームにそれ以上の追加点は許さなかったものの、藤巻の必死の努力の甲斐無くその回も次の回も無得点に終わった。
 向かえた9回の裏。ノーアウト、ランナ−1塁3塁、。バッターボックスに入った打者は威勢をあげる。藤巻はキャチャーとのサインのやり取りを神経質に繰り返す。相手チームの行け行けムードと反対に見渡す限りのメンバーに一種緊迫した感が走る。向かえた2番打者は今日2度出塁していたが、「さよなら」は期待できそうにない。体格が良くないからだ。どちらかというと、器用に打ち分けるタイプの打者だ。とにかく負けないと賭けには勝てない。だが考えたって結果がかわるわけでもない。こんな状況のなかで負けたいと思っている奴がいる事に気付かない仲間に腹が立つ。藤巻が大きく振りかぶり第一球を投げる。少し振り遅れた感もあったが2番打者は確実にボールを捕えていた。打った球は大きく弧を描き僕のいるライト方向に飛んできた。無意識のうちに僕は走り出していた。弧の大きさから分析しうる限りの着地点に向かって走っていた。ボールに追い付き弧の延長線上に僕のグラブがあることをイメージできた瞬間、僕は太陽がまぶしいフリをした。次の瞬間僕のグラブからボールははじけ前方にこぼれ落ちた。と同時に3塁走者はホームへと目指し同点は決定した。すかさずボールを手にしランナーを確認する。1塁にいた走者は2塁をけり3塁に届かんとしていた。藤巻が中継を促している。皆の声、ここから見える景色、今日で終わりかと思うと自分がなんでここにいるのかがはっきりとわかった。小さい頃から野球しか知らず高校にあがってもそのまま続けることになんの疑問ももたず、自分の意志であるかのように今日まできた。中途半端な思いしかない以上それ以上の成果は得られるわけがない。ボールを握ったままの僕に対して皆のどうした?の声が響く。藤巻が再度中継を促す。藤巻は僕の肩の良さを知っているはずである。信頼を欠く程不真面目な態度でいた自分に嫌気がさした。ランナーは三塁をけりホームを目指していた。(Page.3へ続く)

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