「Bye bye my girl.(Part.2)」 <おすすめBGM>"We rule the school"/by "Belle and Sebastian"/in "Tigermilk"

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 今井は浪人生にもかかわらず車の免許を持っていた。僕はそういう今井の全く順序をわきまえない所が大好きだった。良く二人で、小高い丘にいかないときにはドライヴに出かけた。今まで親に頼まないと行けなかった場所まで少しのお金があれば簡単に行けるようになり、急に世界が小さく思えたりした時期だった。何よりも気心しれた友が隣にいて好きな音楽を大音量できいても怒る親がそこにはいなかった。良く夜景をみた。新たなスポットを探しては夜を彷徨った。一晩に何箇所もまわり、ライトを消して留まる発光体の間を流れる球体に目をやり、音楽をエンジンを止めてかすかな街の雑踏に耳を傾けた。
 僕は会話が途切れた所で妙なタイミングで今井にあの娘への思いを告げた。僕の最近の態度で今井は気がついていたのだろう。大袈裟なリアクションの代わりに今井はいい娘だよなと静かに言った。どう言うわけか僕は自分が褒められているかのように嬉しく感じそうだよなそうだよなそうだよなそうだよなと何度も念を押した。「行くか?」と今井が言ったときには何のことだかさっぱりわからなかったが、僕を車に押し込み走り出してすぐ気がついた。あの娘の家に向かっていることを。
 あの娘の家は僕等の住む街や市を超えて隣の県にあることは知っていたが、僕等にとって全くの未開の地にあり、つまり、行ったことも知り合いもツテもアテもなかった。当然あの娘の住所も知る由もなくただそこから来ているというだけで深夜のあの娘が利用する駅を目指した。僕は受験を控え恋に落ちた不届きな浪人生の為にガソリンを振りまく今井に車のなかで感謝の表現に握手した。「手がモゲル」と今井が制すのも聞かず執拗に迫り繰り返した。目的地に到着する頃には僕の握手と今井の「手がモゲル」は完全なギャグと化していた。寝静まった小さな駅は無機質で僕等が場違いであることを教えているかのようだった。ここにいてもあの娘に会えるわけないことはわかっていたがあの娘が普段目にしているものが僕の目の前にあるだけで十分だった。そんな僕を今井は「馬鹿だ」と一笑したが、恋愛の初段階は相手を理解したいと思う事であって理解しようとすることが恋愛で一生かかっても理解できないもので互いの理解が深くなるにつれ信頼が依存と同居し恋愛は成長期を遂げやがて相手の弱さを守ろうと思えるようになると愛に変わる。と今思えば稚拙な恋愛観で深夜にあの娘の利用する駅にいることの正当性を説くと今井は「天才現わる」と天を仰ぎ十字を切った。深夜の自販機は行き場のない若者の拠り所で喉も渇いていないのに花に群がる虫のように吸い寄せられて行く。しかしある程度の距離まで来ると自販機は僕等を拒絶するかのように不快なほど発光している。すっかり夜モードになった身体の細胞が驚き一瞬めまいがするほどだ。今日のお礼にと僕は今井に今井がいつも飲む缶コーヒーをおごり、僕はレモンティを買った。本当はコーラかなにかのほうが好きなのだが大人ぽっく見せるためにちょっと背伸びしてレモンティにしていた。コーヒーは何度か試したが口に合わなかった。苦くて飲んだ後に口臭がきつくなるからだ。ちっともいいことはないのに平気で飲める奴が信じられなかったが今井は別だった。ほ乳瓶にミルクの代わりにコーヒーを入れて育てられたそうだ。血液にカフェインが混じっていないとおちつかないのだそうだ。そのせいか知らないが今井はジグロだ。二人で小さな温もりに身を寄せしばらくそこにいた。巡回のおまわりさんが視界に入ったので車に戻ろうと僕は今井に言った。(Page.2へ続く)

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